銀幕の狐 一面真っ白な世界の中に、男と女の狐が向きあっている。 「ごめんなさい」と、女の狐が唐突に切り出した。 「わたしね、ずっとだましていた。あなたのこと」 その言葉にぴくっと、男の狐の長い耳が反応する。「実は、ね」と、女の狐が、やや明るさを加えた口調で続けた。 「わたし、ほんとうは鳥だったんだ」 言うが早いか、女の狐は瞬く間にその姿を鳥に変えた。鳥になった女の狐が、男の狐の周りを楽しげに舞う。突然の変身に驚き、呆気に取られて飛び周る鳥を見上げていた男の狐だったが、少し考え込むような素振りを見せた後、静かに口を開いた。 「ごめん。俺も君のこと、ずっとだましてた」 羽ばたいていた鳥が動きを停める。男の狐は言葉を続けた。 「実はね、俺。ほんとうは犬だったんだ」 男の狐はそう言うと、やはり瞬く間にその姿を犬に変えた。そうして声は出さぬまま、天を仰いで遠吠えをする、その仕草をした。 先程までは二匹の狐だった鳥と犬が、白い世界の中で向かいあう。 最初に鳥がふふっと笑った。 「結局、お互いに化かしあっているのよね」 「だって俺たち」犬も笑いながら答える。 「狐だもんね」 そう言って笑いあったその時にはもう、二匹は元の狐の姿に戻っていた。 上映を終えたばかりの小さな映画館。フィルムを巻き終えた映写機が、今は何も映さないスクリーンへ、一条の白い光を投じている。客もすっかり去ってからんとした館内に、時折、一組の男女の歓声が上がっていた。 他には誰も残っていない映画館内。二人は頭上を走るその光の中へと手を伸ばし、銀幕に狐の影絵を映して遊んでいる。 女の狐が男の狐に近付いた。すうっと顔を寄せ、その鼻面をぴんと弾くように軽いキスをする。そうしてきゃははと逃げて行く女の狐を、男の狐が追いかけてゆく。 銀幕の中、戯れあう二匹の影が絡み合う。暗い館内に、二人だけの笑い声が響き続ける。 Kaeka index. |